Solitary Place

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カテゴリ:随想( 31 )

よいほうをえらぶ

こころに平安がない

あれをしなきゃ

これをしなきゃ

あれがない

これがない

どたどた

ばたばた

近道をしようとして

遠まわりしてる

でも

どうしても必要なことはわずかだ

いや

ひとつだけだ

ほんとうにたいせつなものをにぎって

はなさないでいたい




私は、きょう、あなたがたに対して天と地とを、証人に立てる。
私は、いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。
あなたはいのちを選びなさい。 申命記30:19

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by hiroro_special20 | 2005-12-24 00:14 | 随想

古い本を読む。

大学に入る時に、1年に100冊、つまり4年で400冊の本を読もうと決めた。
結果からいうと、それは失敗に終わった。
1年と7ヶ月が経ったけれど、現在読んだ本は未だに64冊。
言い訳かもしれないけど、なかなか本を読む時間が確保できない。
忙しいというか、時間の使い方が下手なのだと思う。

けど、そうでなくても無限とも言える本の量に比べて僕らの時間は限られている。
大学生活に限定すればなおさらだ。
だから読む本は慎重に選ばなければならない。
読みたい本を全部読めるわけではないのだ。

それで僕は、まず古い本を優先して読むことに決めた。
新しいものでも読みたい本はたくさんあるのだけど、
古いほうが時代のふるいにかけられて(洒落じゃないよ)、
名作が残っている確率が高いからだ。
本だって淘汰されるんだ。

古い本を読もう。





※漫画を含めれば余裕で年100冊は超えているんだけどね。
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by hiroro_special20 | 2005-11-22 15:11 | 随想

存在の奉仕

危なかった。
間違えるところだった。
優先順位を。


今僕は教会の内外でいくつか奉仕をさせてもらっている。
時にはそれらの奉仕の日程がかぶる事もある。
だから、奉仕の中でも優先順位を決めることが必要になる。
僕はあるキャンプ準備委員会の数あるミーティングのうちの一つを、
毎年秋に開催される教会主催のイベントよりも優先してしまうところだった。
それは財政面でも人材面でも僕の集う教会には難しいけど、
やる価値のある企画だからと教会員全員で必死に祈り求めながら、
10年間続けられてきたイベントだった。

何百人も教会員のいる教会なら、話は違うかもしれない。
でも僕の通う教会は礼拝出席者30人くらいの比較的小さな集いで、
しかも毎年そのイベントに直接関われるのは、そのうちのほんの数人だけ。
もちろん教会全体でそのイベントのために祈ってはいるけど、
スタッフの人数としてはいつもギリギリのところでなんとか守られてやってきた。
だからたった一人の「存在」が、どれほど大きい事か。
一人増えるだけでどれだけ励まされるか。
一人減るだけでどれだけがっかりするか。
今回僕はそのイベントを後回しにしようとする事で、
毎年中心になって準備している人をひどく傷つけてしまった。
僕自身そのイベントのためにずっと祈ってきたのに、
何をやっていたんだろう。

KGKのブロックや大学の聖研でリーダーをさせてもらっているから、
わかっているつもりだった。
そこにいて欲しい人がいないことが、
そこにいるはずの人がいないことが、
どれだけ悲しいか。

大事なメンバーが他の用事を優先してしまうと、たまらなく悲しくなる。
僕一人でやれというのか?
僕にそんなに能力があると思うのか?
裁きたくなる。
そして僕も他の用事を優先して逃げ出したくなる。
それが間違っているとしても。

逆に用事を後回しにしても来てもらえると、
それだけで励まされる。
何かをして欲しいんじゃない。
ただそこにいて欲しい。その存在が嬉しい。
こんな世の中でも、そういう事はあるんだ。

求められる時、そこにいてあげられる者でありたい。
いるべき所に、いていたい。
存在の奉仕だ。
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by hiroro_special20 | 2005-11-09 23:54 | 随想

物理的時間、感覚的時間

気づけばもう11月。
2005年も6分の5が終えた。
時間が経つのって早い。
光陰矢の如し、駟の隙を過ぐるが如し、えーと、あれ・・・
もっと思いつけると思ったんだけどな、
とにかく、「時間はあっという間に過ぎる」という意味のことわざはたくさんある(と思う)。
きっと古人も同じような事を感じていたのだろう。

ところで、これも多くの人が感じるところだと思うけど、
歳をとるにつれて、時間の感じ方は加速するらしい。
小さい時はアニメの次回予告を見るたびに
「来週なんてずいぶん先の話だな」と感じていたけれど、
今は1週間どころか1年だってあっという間に過ぎる。
数年前の事だって昨日の事のようにヴィヴィッドに覚えてる。
きっと忘れている事もたくさんあるのだろうけど。
人は愛している事も、
愛されている事も、すぐ忘れてしまう。
いや、勝手に「人は」とか一般化しちゃいけないな。
少なくとも「僕は」そうだ。
恣意的な記憶。

話を戻すけど、とにかく、時間の感じ方というのは加速するものらしい。
そうすると、人生80年として、物理的(客観的)な時間では
人生の折り返し地点は40歳という事になるけど、
感覚的には20歳くらい(だからまあ大体今くらいか)が、
折り返し地点かもしれないとか、そんな事をふと思った。





※説明が下手くそだな。わかりにくかったらゴメンなさい。
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by hiroro_special20 | 2005-11-02 23:48 | 随想

ウルルンについての考察

どちらかというとあまりテレビを見ない僕だけど、
ほぼ毎週見ている番組が、ウルルン滞在記。
ご存知タレントが外国の田舎町とか秘境の地で1週間ホームステイするアレです。
何が良いって司会の相田翔子さんが綺麗・・・って訳じゃなくて、
現地に行ったタレント(タレントじゃない時もあるけど)が、
1週間経って帰る時にはたいていその家族の一員とみなされているとこ。
大体の場合、帰り際にホームステイ先の家のお父さんやお母さんから
「あなたは私の息子(娘)だから、いつでも帰っておいで」
と(たいてい泣きながら)言われる。
日本だとなかなかこうはいかないだろうと思う。
あまりにももてなすことに一所懸命になり、
いろいろな事に気を使い過ぎて、
お客(そう多分日本だと「家族」ではなく終始「お客」という認識になると思う)が帰る時には
「楽しかったけど、疲れた~。」
なんてことになりそうだ。

いやもちろんウルルンに出てくる外国の家庭だって、
素晴らしくもてなしてくれるし気を使ってくれる。
ただ、自分が苦しくなるようなもてなし方、気の使い方はしないって事だと思う。
そこでホームステイに来た人が「お客」として帰るのか「家族」として帰るのかが決まるのではなかろうか。
家族に対して自分が疲れるような気の使い方はあまりしないし、
たとえしたとしても長続きしないしないからね。

また家庭だけにとどまらず僕が感心させられるのは、
ウルルンに映される地域では「近所」が機能しているということだ。
物質的にはそれほど豊かじゃないというのもあるのだろうけど、
お互いが関心を持ち合い、助け合って生きている。
僕の住む土地は田舎だしそれほどじゃないけど、
今の日本は雨が降ってきたからといって親切でお隣さんの洗濯物を取り込もうものなら
「余計なことするな」と後で怒られるような世の中だ。

もちろんウルルン滞在記に映されているのは現実のほんの一部である事はわかってる。
どこに行っても日本人があんなふうに歓迎されるとも思わない。
それでもあの番組に魅力を感じるのは、
今の日本にはないもの、失われてしまったものをたくさん見られるからなんだろうなあ。




※でもやっぱ相田翔子さんは綺麗だと思うなあ。
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by hiroro_special20 | 2005-10-23 23:57 | 随想

性格診断

こんなんやってみた。心理テスト。
どの程度信憑性があるのかわからないけど、
結果をみたところ5割くらい(微妙)は合っているような・・・。
反省は自己認識から始まる」という言葉もあるし(今自分で作った)、
やってみる価値はあるかもね。
あんまり興味ない考察とか入ってたりしたけど。
ちなにみ僕はアクアマリンタイプでした。

長い長い夏休みも今日で終わり、明日からまた授業が始まる。
しかもさっそく1限授業=6時15分起き。起きられるか不安だ。
夏休みの間にすっかり寝坊助になってしまった。
生活を正さなくては。





※朝に強い男になりたい。
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by hiroro_special20 | 2005-10-02 23:20 | 随想

陸マガ

また見てしまった
陸上マガジン。
2002年の夏
あと一人で
あと7センチで
僕の名が載ったはずの
陸上マガジン。

100mを11秒台前半で走れるようなスピードも
1500mを3分台で走れるようなスタミナも
僕にはなかったけど
足のバネには自信があった。
だから僕は
トリプルジャンパーになった。
そしてとことん跳躍力を鍛えた。
100キロのダンベルを背負って
何度もジャンプした事もあった。
130段の階段を
片足で何度も登った事もあった。

インターハイに行けるなんて
思ってなかった。
でも
関東大会なら十分に手の届く範囲だった。
関東に行けば陸上マガジンに名が載る。
僕は毎日過酷な練習に耐えた。
関東に行くために。
より高く
より遠くへ跳ぶために。

でも僕は敗れた。
県大会の決勝で。
あと一人で
あと7センチで
関東出場枠に入れたのに。
入賞した事なんて関係なかった。
関東に行けなければ意味がない。
貰ったその場で賞状を破り捨てたい気分だった。

競技者数の異様に多い神奈川以外なら
僕の記録で十分関東レベルの大会に行くことができたことを
後に陸上マガジンを読んで知った。
正直悔しくて仕方がなかった。
僕より弱いやつが
たくさん上の大会に進んでいる。

でも
僕が強くなれたのは
神奈川の、
小田原のあの高校の陸上部に所属していたからであるのも事実。
あのチームメイトがいなければ
意志薄弱な僕が陸上を続けていられた訳がない。
それはわかってる。
だけど
あの時は理屈じゃなく
とにかく悔しかった。

今は負けた事実も納得はしている。
けれど
陸上マガジンを見ると
あの時の悔しさが甦ってくる。
そしてそれがわかっていて
つい手にとって見てしまう。
なんでだろう。

嗚呼、陸上マガジン。



※まあおかげで、負ける事の大切さもそれなりに知る事ができたけどね。
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by hiroro_special20 | 2005-09-16 22:50 | 随想

(笑)

(笑)という表現はいつから始まったのだろう。

前回の礼拝後の雑談中、何かの話題の中で牧師が「僕の若い頃は文末に(笑)を付ける習慣はなかった」ともらしていた。文脈で笑うところだと分かるのに(笑)とかつけられると逆に冷めてしまうとも。
確かにその気持ち、分からないでもない。初めて(笑)とい表現を目にした時は僕も似たようなことを感じたと思う。ずいぶん昔のことだけど。いつから(笑)という表現が始まったのか、正確なことは分からないが、たぶん流行りだしたのは十数年は前のことだろう。そしてその原因の一つとして、ケータイやe-mailの普及が挙げられるのではないだろうか。
短い文章の中に必要な情報を詰め込もうとすると、どうしてもそこにすれ違いや誤解が生じてくる。自分は怒っているつもりはないのに、文面からそう判断されることもあるし、その逆だってある。そういった勘違いを軽減するのに、(笑)や(泣)という表現は確かに便利だ。ただ、あまり連用すると滑稽な印象を受ける。

そこで僕は思った。あえて真面目な文章中に(笑)を多用するのとどうなるのか。
ためしにちょっとやってみよう。


「初めに、神が天と地を創造した(笑)」

「空の空(笑)伝道者は言う(笑)
空の空(笑)すべては空(笑)」


「神は愛です(笑)」


なんか滑稽を通り越して馬鹿にされている気すらする。
言葉の影響力ってすごい。
そして神はことばだ。神様ってすごい。
無理があるか。


明日からKGKの神奈川BAYブロックと小田急線ブロックとの合同合宿がある。
僕も役員として準備に携わってきた。
まだまだ詰めの甘い部分がある気がするし不安もあるけど、
委ねるべき事は神様に委ねて期待して参加しようと思う。

行ってきます(笑)
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by hiroro_special20 | 2005-09-09 01:20 | 随想

除草剤

こいつは除草剤。
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クリアブルーの綺麗な色をしているが、
油断しちゃいけない。
こいつの手にかかれば
青々と草花が生い茂る土地も
数日で焼け野原のように茶色くなる。
危険なシロモノだ。
実際、多くの雑草たちが(雑草という名の草はないが)
こいつにやられた。

でも、
撒いたのは僕だったりする。
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by hiroro_special20 | 2005-09-07 13:54 | 随想

待つ

「待つ」とはどういうことだろう。
ある時は、全く何もしないことだろう。
ある時は、今自分に出来る範囲のことを忠実にやり続けることかもしれない。
いずれにせよ、「待つ」とは相手のことを忘れないことなんじゃないかと思う。
ある意味では。

僕は待ち望み続ける。
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by hiroro_special20 | 2005-09-03 01:32 | 随想

When Jesus heard what had happened, he withdrew by boat privately to a solitary place. <Matt14:13>


by hiroro_special20
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